劇場公開日 2024年5月10日

「Less is more. 死を前に教授がたどり着いた境地」Ryuichi Sakamoto | Opus 高森 郁哉さんの映画レビュー(感想・評価)

4.5Less is more. 死を前に教授がたどり着いた境地

2024年5月18日
PCから投稿
鑑賞方法:試写会

知的

萌える

そぎ落とすほどに豊か。まるで禅の公案のような一見矛盾した感慨を、「Ryuichi Sakamoto | Opus」の坂本龍一のパフォーマンスを鑑賞して覚える。

本作については当サイトの新作映画評論の枠に寄稿したので、よろしければそちらもご覧いただけるとありがたい。そこで「情報をそぎ落とした純度の高いモノクロ映像だからこそ、観客がそれぞれの記憶を重ねやすく、それが一層豊かな鑑賞体験につながるのだろう」と書いた。音数が少ないから、余韻にじっくり浸ることができる。余白があるからこそ、記憶が色鮮やかによみがえる。そんなふうに言い換えてもいいかもしれない。

演奏が片手になった時に空いているほうの手、あるいは最後の音をひき終えた後の両手を、虚空で優美に動かす仕草。想像上のオーケストラを指揮している弾き振りのようでもあるが、残響に触れているような手つきを見ているうち、空気を揺らすバイブレーションが弱まっていくのを指先で確かめ、コントロールさえするかのように思えてきた。空間を満たす音の粒と、まさに全身で一体化しているようなイメージ。

“教授”の愛称でも親しまれた坂本龍一は、新しい音楽に出会う喜び、演奏に向き合い没入する楽しさ、余韻をいつくしむ優しさを教えてくれた。評には「音楽と映画のファンに遺したラスト・ラブレター」と書いたが、教授からのラスト・レッスンとしても大切に記憶にとどめたい。

高森 郁哉